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ウィーンの路傍 パリの道標 山下祐樹

哲学史、芸術史、そして現代思想へ。

春へ向かう
2010年3月13日(土) 20:32 [ 思索 ]

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キェルケゴール『野の百合、空の鳥』
シスレー画集
抹茶系のスウィーツ
杏仁豆腐
そして温かいコーヒー

これで完璧だ。

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ビューティーポータル美市美座
Le chef-d'oeuvre inconnu
2010年3月3日(水) 01:31 [ 藝術 ]

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Tous les arts sont fondés sur un certain degré de fausseté.

Les rêves sont la littérature du sommeil.

La mission de l'art n'est pas de copier la nature, mais de l'exprimer!




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ユーゲント・シュティール宣言
2010年2月28日(日) 23:20 [ 藝術 ]

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「ラスコーリニコフの告白」 2009年 F50


ミュンヘン分離派からウィーン分離派という
その文字列を眺めただけでも計り知れない魅力を感じる世紀末美術。
ユーゲント・シュティール。 青春様式。

ここ数年、私は彼らが描いた多くの絵を目にして、その魅惑的な美の虜になっている。
私自身の絵にも少なからぬ影響を受けている。

そんな中、私はここに宣言しよう。
自らの手法としての、ユーゲント・シュティールを。

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凱旋門か、ルーブルか。
2010年2月26日(金) 00:26 [ 景観 ]

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今回はミュンヘンの凱旋門ではなく、あのパリの凱旋門について。

昨年の夏、ロンドンから足を伸ばしてパリに行った時、コンコルド広場から凱旋門へ、すなわちシャンゼリゼ通りを全て歩いた。この経験はかなり意味あるもので、花の都を体感するには最適のコースかも知れない。実は、この行路は、偶然性によるもの。

セーヌ南岸からコンコルド橋を渡ると、そこに広がるのはコンコルド広場。そこに立つと、東西に二つの景色が広がる。東にはルーブルのガラスのピラミッド。西には凱旋門。私はルーブルを目指そうとした。対して、同行者は凱旋門を目指そうとした。

その時、雨が降り始めた。そして簡単に話し合い、凱旋門の方角へ、シャンゼリゼ通りへ進むことにした。そして間も無く、雨が止み、広がる明るい世界。もし、あの時、ルーブルの方角へ進んでいたのなら雨は降り続けていたのだろうか。

数時間前、凱旋門からコンコルド広場の方角を眺めた時、丘の頂上にいることを感じ、世界の中心とはここではないかと思った。しかし、その時は、丘の頂上を目指す冒険者のように思えた。

頂点から辺りを見渡すような優越感というものもあるのだろう。しかし、頂点を目指そうとする時の不安と隣り合わせの高揚感も確かにある。その先に何があるのだろうという希望は、確かにその行路にあった。ただし、そこにあるのは凱旋門があるという事実。その先には凱旋門があるということを知りながら、登り続ける高らかな精神。

私はそこにシャンゼリゼ通りの真髄を見る。


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存在論の道標
2010年2月21日(日) 19:46 [ 哲学史 ]

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 哲学は存在とは何かを問うラディカルな学問である。存在論への積極的なアプローチは、アリストテレスから始まったといえる。

 しかし、スコラ哲学によって、哲学の内容の多くは認識論が占めることになった。それはカントに始まるドイツ観念論もこの認識論が主としたものであった。いかに物事を解釈するかという点は、デカルトやイギリス経験論にその水脈を見ることができるが、これらを総合したカントの問いはヘーゲルの絶対的な体系化によって更なる高みへと到達したのである。

 そのような山塊に抗した哲学者は複数いる。ヘーゲルの体系化に新たな認識論として抗したのがショーペンハウアーであり、宗教的解釈の観点から抗いを見せたのがフォイエルバッハであり、社会科学の側面から立ち向かったのがマルクス・エンゲルスであった。

 このショーペンハウアーの認識論から、哲学の主流から離れていた存在論を組み込んで論じたのがニーチェである。そして以降ようやく知れ渡るようになるキェルケゴールは、まさしく宗教からの存在論を展開したのである。このニーチェとキェルケゴールの生み出したものが、存在論を哲学における最重要の論点へと再復興させた実存主義であった。

 この実存主義は、彼らの後、フッサールによる現象学の創始によって更なる増幅が可能になった。現象学は一見して人間の認識に関わる思考法であるが、その究極はここにある存在を裏付けるための要点を多く提供している。

 このフッサールによる実存主義への余波は、ハイデガーに『存在と時間』を著させることになるのである。この時期の考察が長き哲学史の中における存在論のクライマックスであったように私は思う。

 そして、ハイデガーの影響はフランス現代思想において多様な方法で具現化し、サルトルの『存在と無』によって、哲学史における存在論の終焉を意味した。サルトル『存在と無』は世界的な実存主義の隆盛を誇示するように言われているものの、まさに哲学における存在論の歴史に幕を下ろしたと言っても過言ではない。

 この著作以降、50年以上経つ中で、比肩し得る存在論著作は誕生していない。そのため、哲学史全体を展望した上でも、史上最後の哲学者サルトルと語られることが多い。だから待ち遠しい。新たな実存主義たる著作が。いや、錯誤的の名の下に、もはや二度と目に出来ないかも知れない。


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