横浜美術館で開催されている「フランス絵画の19世紀」を鑑賞した。
ロマン主義から印象派に至るフランス絵画の歴史は、長い芸術史の中で特筆すべき広さや深さ、更には深さを含んでいる。何故なら、フランスと言う一国を中心にして、アングルなどのアカデミズムやドラクロワなどの絵画に見るロマン主義が隆盛した後、嵐のように別の傾向としての印象派が姿を現しモネやルノアールなどの絵画を生み出したという歴史を、簡単に解釈するわけにはいかない。この時代の絵画史を詳細に示した研究書は多く存在するが、その図録を含めて通史的に、併せて多面的に論証するためには百科全書の程度の枚挙を要するであろう。
このような点を踏まえたとしても、素晴らしい展覧会であった。それは、展示作品のレベルは勿論のこと、その複雑怪奇な歴史の一端を感動的に、そして的確に紹介する意味において、多く投げかけるものがあった。明治以降の日本美術史において重要な意味を為す洋画の基礎を築いた黒田清輝、彼の師であったコランの絵画も展示されており、このフランスの絵画史が遠く離れた東洋日本の美術に影響を与えたということをも気付かせるのであった。アングルを始めとしたアカデミズムや新古典主義の傾向、ロマン主義の絵画の美しき描写主義からは、ギリシア芸術への回顧、旧約聖書への着目が伺え、その思想は私の姿勢を正すほどの威力を持って、問いかけていた。そして印象派の珠玉の作品群は、簡単に表現できないほどのエネルゲイアを受容することができた。これらは私へ多くのインスピレーションを与えてくれたのであった。
続いて、私はもう一つの展覧会へ。
東京国立近代美術館で開催されているゴーギャン展。
東京駅からのシャトルバスに乗って現地へ。
この展覧会の主たるテーマである言葉。すなわち、
「我々はどこから来 たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか。」
D'où Venons Nous / Que Sommes Nous / Où Allons Nous
この壮大な作品の原画を始めて目にしたが、その輝き及び暗さに圧倒されるばかりだった。南太平洋に移住して描かれた多くの絵画からは人々の生命力を感じざるを得なかった。野生に息衝く生命の輝き。まさしくゴーギャンのテーマはそこにあったと思われる。先程のフランス絵画史においては後期印象派に属するゴーギャンであるが、印象派に薄れがちな哲学性や思想性を多分に含む絵画を描いたのであり、その究極の到達点が「我々は」であった。印象派の風景画や静物画にも溢れんばかりの魅力を感じるが、ゴーギャンの進み出た旅路から発せられた絵画における、野生への着目を起点とした思想性ということについても特段の魅力を感じるのだ。ゴーギャンの作品群を眼前にして、またもや進み出るための糧を手に出来たように思う。
その後、恵比寿で食べたのはイタリア料理。
フランスを感じ、南太平洋を目にし、イタリアへ。
世界は奇々怪々ながらも、楽しんで芸術や文化に触れることの出来る喜びが必ず存在する。まさしく、そのことこそが大きな基礎となって、何かを描くという意識が生み出されるのかも知れない。